ポキさんとのお別れ-在宅介護実録 沈んだ太陽 第三十九回
介護・福祉
記事公開日:2018/01/17、 最終更新日:2018/12/28
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年の瀬の救急搬送-在宅介護実録 沈んだ太陽 第三十八回
こんにちは、ミチルです。前回からの続きとなります。
病室で相変わらずの大騒ぎ…と思いきや
市内の病院に入院したポキさんは、あいかわらず「痛ぇー、痛ぇー」と叫び続けて、同室の方々に迷惑をかけていました。
とはいえ、患者さんやそのご家族から「お互い様だから」とか「痛いときはしょーがないよ」といった言葉をかけてもらい、私と姉のルミコさんは、すっかり恐縮して申し訳ない気持ちでいっぱいでした。ですが、入院して3日目に見舞いに行くと、自分で尿管を抜き取っては大騒ぎしていたポキさんが、いつの間にかただ横たわっているだけの状態になってしまっていたのでした。
「出来る限りのことはしていますが、年齢が年齢ですから–」
担当医からそう言われても、まったく実感がわかず、ただただ、ぼんやりとした不安感に全身が覆われていくようでした。
あのポキさんが、死んじゃう?
入院して5日目、ポキさんの容態は徐々に悪化してゆきました。医師から延命処置について決断を迫られたのも、このときです。すべてのことが、あまりに急展開していくため、理解が追いつきません。ほんの少し前まで、あんなにワガママで、ヨボヨボではあってもちゃんと自分の足で歩いていたポキさんなのに!
ケアマネに「延命処置って、言われたんですけどぉ」と電話すると、いつもの快活な彼女とは打って変わり、神妙な声で話し出しました。
「どちらを選んでも、それは正しいんですよ」
彼女の諭すような話し方に、ことの重大性が伝わってきました。ですが、やはり現実感がありません。
(あのポキさんが、死んじゃう?ウソでしょ?)
万一に備え、スマホに登録した病院の着信音を変えました。夜中にそのメロディで叩き起こされるたび、「とうとう、来たか」と覚悟し、状況が刻一刻と終末に向かっているのを思い知らされるのでした。心臓が悪いルミコさんには、絶対に任せられない役目です。
はじめての、母と娘のひと時
病室では、すでに意識が混濁しているポキさんでしたが、それでも私たち姉妹は、なるべく傍にいて話しかけることを止めませんでした。
不思議なことに、このときの私は彼女のことを「ご縁のなかった産みの母親」ではなく、「お母ちゃん」と認識していたと思います。
それまで手なんて握ったこともなかった私が、彼女の茶色くしなびて骨ばった手を握りしめました。
「こんなに小さくなっちゃって」
まじまじと母の手を見つめていると、ときおり力強く握り返してきました。まるで、何かを伝えようとするかのように。
そして、その力も緩やかに遠のいてゆき、入院からちょうど10日目の深夜、ポキさんは安らかに旅立っていったのです。
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