介護施設の前に、ニセモノのバス停。-介護ニュース
記事公開日:2016/04/12、
かつてドイツに、認知症を患う入居者の失踪に悩まされていた介護施設がありました。その対策として絶大な効果を発揮したのが、ニセモノのバス停。
ドイツ語には、「Notlüge」という言葉があります。日本語に訳すと、「罪のない嘘」や「悪意のない嘘」。近年、「Notlüge」はヨーロッパ諸国に広がっています。
出典:TABIZINE
http://netallica.yahoo.co.jp/news/20160311-36187311-tabizine
ドイツのデュッセルドルフという街にある老人介護施設は、認知症を患う入居者の失踪に悩まされていました。
かつての自分の家や亡き家族の元へ帰ろうと飛び出すものの、自分が何をしようとしていたのか忘れて、迷子になってしまうのです。
そこで、施設はバス運営会社に交渉し、施設の前にバス停の看板を設置しました。
待ってもバスが来ることはない、ニセモノのバス停です。
家に帰ろうとする入居者は、施設前にあるバス停に腰を下ろし、バスを待ちます。
そして、5分もすると、なぜ自分がそこに座っているかということも忘れてしまいます。
最近のことからどんどん忘れていく、認知症特有の記憶障害です。
施設のスタッフは、バス停で待つ入居者が忘れたタイミングを見計らい、声をかけます。
「バスは遅れているみたいですから、中でコーヒーでもいかがですか?」
そうすると、スタッフの誘いに素直に応じて施設に戻ってくるそうです。
これが、ドイツ語の「Notlüge」、日本語で「罪のない嘘」「悪意のない嘘」です。
このニセモノのバス停の効果は絶大で、今ではドイツだけでなく、ヨーロッパの他国も同じ対策を行っているそうです。
やさしい嘘だと思いますか。
それとも、嘘は嘘ですか。
このニセモノのバス停ができたきっかけは、施設のスタッフの気づきでした。
施設を抜け出す入居者は、バスや電車などの交通機関を使いたがる傾向があること、交通機関を使いたがる理由に気づいたのです。
徘徊は、理由なく歩き回っているわけではありません。
施設を抜け出したのは、自分の家に帰りたいから、家族に会いたいから、です。
しかし、認知症を患うと新しい記憶を失くしてしまうため、本人には外出した理由がわかりません。自分の名前や住所がわからないことも多いため、帰ることもできません。
そんなとき、本当のことを伝えるのは正しいことでしょうか。
「あなたが帰る家はありません」
「あなたの家に家族はいません」
これはスタッフからすれば、本当のことです。
しかし、帰る家があって、その家に家族がいた頃の記憶があって、今の記憶をなくした入居者は、今の本当のことを聞いてどう思うでしょうか。
きっと、混乱します。自分が信じているものを全否定されるようなものですから。
認知症を患って記憶をなくした入居者にとっては、記憶のある時代が、その人の本当の世界ではないでしょうか。スタッフにとっては、それが過去の世界であっても…。
いつまで待っても、バスが来ることはないバス停。
そこでバスを待ち続ける入居者に、「バスは遅れているみたいですから、中でコーヒーでもいかがですか?」と声をかけるスタッフ。
今の世界では嘘であっても、入居者の世界では嘘ではありません。
本当のことを伝えて入居者を強引に今の世界に連れ戻すのではなく、スタッフが入居者の世界に入れば、それは本当のことになるのではないでしょうか。
たとえ嘘であっても、自分の気持ちよりも相手の気持ちを優先した嘘は、「Notlüge」、「罪のない嘘」や「悪意のない嘘」になりますよね。